自宅前

自宅前
2013年5月18日現在の通り沿い。

2015年11月12日木曜日

声楽レッスン

歌って精神状態がものすごく声に作用するものだと
声楽のレッスンで思うところ。

高音は無理だと思っている三男、ある音程に発声練習の時に
音が上がっていくと、気持ちが萎えて姿勢も変化して、
音程が合わないような変な声を出したくない。

その心理を先生は、面白いように溶いていかれる。

身体を触って、チャレンジさせるように、悪くないよ出るよ大丈夫、
自分が声が変に聞こえるそっちの声が良い声なんだよ、
その変な方の声を出して欲しいんだけど、
姿勢だよお腹を頑張らせれば良いんだよ喉は、何もしないんだよ~
首も喉も柔らかくして、だけどお腹は今までで一番引っ込めて
伸ばして頑張るんだよ~

変な音が出ても悪くないよ~と大分良くなっているよ。
いいね~。歌えるよ。

三男は、恥ずかしいから出したくないという声を思い切って出してみようかなと
思う。出なかった音がだんだん近づいてくる。
毎回だんだん心のブレーキが溶けていく。先生が良いと言うから出してみようかなと
勇気が湧いて、恥ずかしがらなくなってきた。

その心の変化が声となって出せなかったと思っていた音が出て、
やっぱりテノールだねと言われている。

気を付けてなおさないといけないところ、スイッチが入るとちょ~恐ろしいところもある、
でも褒めて実に気分よく持ち上げてくれる。最後実に気分よく、
やる気のテンションがあがる。

私もヤバイと思う声を出すと、そっちの声を出して欲しいんだけど、
それが美しいんだけどと言われる。
えっそっちなんだと思うけど、確かにあとで録音を聴くとなんとなくわかる。
自分じゃなかなかわからない。

だけれど固定概念に心に風穴を開けたところに進む道があるような気がする。

これで良いというものは、音楽でも何でもない。

適当でいい加減で気軽に楽しいところの心の開放が、
今日よりも良いものを導くこともあるような気がしてもちろんもっと上も目指したいけれど、
その時、いつも思う事が練習時間と練習回数とテクニックのバランスかなと思う。

間違って何回も練習しても意味がないし、
でも練習してないと修正するレベルもないし、
まあ適当なところで楽しくかな。プロでもないし。



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