自宅前

自宅前
2013年5月18日現在の通り沿い。

2011年4月11日月曜日

ピアノソナタK310

ピアノソナタK310を聴くと、気持ちの変化がします。
モーツアルトのお母さんが亡くなったあとに書かれたおそらく初めの曲と言われています。
いつモーツアルトが作曲したなんてことは、ぜんぜん知らない頃に、この曲は、私をずいぶん楽にしてくれた曲でした。

いつかこの曲が弾けるようになりたいと思う。
でもこの曲も難しい。譜読みは、難しくない。モーツアルトの曲の譜読みは、どれも難しくない。
でも私がどんなに練習しても満足がいくように将来も弾けるようになるとは、思えない。

昨日友人Mさんのお母さんのお葬式に行ってきました。
今では、その友人Mさんの友人Fさんととても仲良しになり、友人の輪が広がりました。
私には、年齢を重ねられたお姉さんの友人達です。そのまたご近所の友人Oさん、以前お会いした時よりも腰が悪くなられて、お通夜もお葬式も私の腕にぶら下げて歩かせてしまいました。

介護というより、手荷物のようにぶら下げてしまった。
ご自身で歩けるのに、持ち上げてしまい少々やりすぎたかなと心配したら、
あとから助かったと言ってたよ~とFさんからお電話いただき一安心。

80歳をすぎてもピンピンされているかたもいるのに、70代で腰が悪くなられ、
歩くのも大変そう。
やはり筋力大切です。
若い時から、筋力をつけておいてキープしておかないといけないなとあらためて感じました。
太極拳は良いですよ~。(*^。^*)

背中に逆さまにして背負ってOさんの腰を伸ばしてブンブンと振って伸ばしたかったけれど、
骨粗鬆症のOさん、そんなことをしたら骨折してしまうのかなあ~?
...............................................................................................................................♪

さて、昨日午後3時ごろネギの苗を友人Iさんが持って来てくれた。

関東の産地のネギの苗は、種屋さんで聞いたら生産者が、すべて廃棄したとのこと。
ネギの苗まで・・・・・お気の毒です。

そんな話をIさんにしたら、実家の弟さんから苗を貰ってきてくれた。

Iさんの義母さんは、畑をしていて、ネギは、根を残したまま上を切って食べていて、
再生ネギを食べていると言う。
「え~~じゃあ私が、自宅でネギの根をヨーグルトの容器に穴をあけて土を入れて、出て来た芽を
毎回薬味に使うのも、それで良かったんだねえ。」と言いました。

それでも毎年、叔母さんが勝手に苗を畑に植えたりもするから、義母さんは、畑がネギだらけ
になり困ると引っこ抜いて捨てているらしい。

それで畑の穴に昨年もったいないようなネギが捨ててあったんだ~。

ネギ坊主が出てくると美味しくないから、今抜いて食べなくちゃと焦ったけれど、
どうやら焦ることもなく、ネギ坊主も天ぷらで食べると美味しいらしい。

とりあえず、今畑にあるネギは残して、耕したところにネギの苗を植えよう。

お隣のガーデニング仲間Tさんが言うには、市販のスーパーのネギじゃ味わえない、
柔らかくて美味しいネギだったと言う。

最近ネギを畑から沢山抜いてきて、差し上げたら、茹でてヌタにして食べたらしい。
彼女のおばあちゃんの味。ヌタが大好物なんですって。

そう言えば、私のおばあちゃんもヌタを作ってくれたなあ。
私もヌタを作ろう。おばあちゃんのヌタは、お酢が効いていて、あまり甘くなかった気がする。

2 件のコメント:

  1. YMKさんお久しぶり! お邪魔します。YMKさんの思い入れとは次元が違っていたら(多分そうなんだけど)ごめんなさい。K310はモーツアルトにとっても特別な曲だと思います。短調の曲は、音楽の職人ではなく芸術家としての意識・あるいは個人感情の吐露がベースになっていると思うんです。この当時はK304とともに、母の死が少なからず影響したと思います。そう思って聴いてます。いつ聴いても、何かしながら聞き流す・・・ってことができない曲のひとつです。今、マリア・ジョアン・ピレシュ2度目の全集からK309・K311・K310聴いてます。

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  2. takat4さんコメントありがとうございます。
    次元の違いなんてないない(^_-)-☆ホントに聞き流せない曲の一つですね。この曲を聞くと勇気が湧きますね。

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